EVENT2016.4.12

オフィスや施設にも。アートを飾ることでもたらされる3つの効果連続トークセッション「アートフォトは人の心を鎮めるか (1)」

みなさんの周りには、アートがありますか? きっと、なんとなく働く環境や生活の場にアートがあったらいいなと思いつつ、まだはっきりとした根拠がなく、実際にアートを取り入れるところまで踏み込めていない企業や施設も少なくないでしょう。昨年末、六本木・IMA CONCEPT STOREにて、連続トークセッション「アートフォトは人の心を鎮めるか」が開催され、全3回にわたって「なぜ、アートが必要なのか」という謎に迫りました。
第1回のテーマは、「アート鑑賞が心に効く3つの理由」。医療や教育の現場での事例や研究結果から、オフィスや病院といった空間にこそアート作品の必要な理由が見えてきました。

 


 今回、トークセッションの冒頭でアート鑑賞が心に効く理由として掲げられたのは、以下の3つ。

教壇に立ち子供の一種独特なアート観賞を見てきた奥村高明さんと、精神科の現場で患者とアートの関係を見つめてきた末安民生さん。二人のお話の中で、その根拠が解き明かされていきます。


リラックスするだけではないアート鑑賞の効果

美しい風景写真を見ていると、心が落ちついてしばらく眺めていたくなったり、無邪気な子供たちの写真を見ると、自然と笑顔になったりということは、比較的多くの人が経験しているのではないでしょうか。もちろん、アート鑑賞が心に効く理由のひとつとして、“リラックスする”効果はあげられます。しかし、アートにはそれだけでなく、“脳を覚醒する”という真逆の効果もある、と二人は語ります。
 
奥村 「海外の美術館での例ですが、アルツハイマーの方を美術館に連れて行ったところ、作品の中に入り込んで『ここは私の家よ』などと、どんどん話し出したという事例があります。しかも、普段、お世話をしている介護士さんでも知らないようなことが話題に出てきたというのですから驚きです。これは、作品が脳を活性化させたことによって、忘れていたことを思い出したというひとつの例ですが、日本でも、アルツハイマーの方を美術館に連れて行くような活動をしているNPO団体は存在していますし、効果もあると言われているんです」

末安 「わたしも先日、『パーソナル・ソング』(※)を見て大変に感動したのですが、この映画はアルツハイマー病や認知症の具合が悪くてあまり動けなくなってしまった人などに、昔好きだったという曲を聴かせると不思議と今までにない豊かな反応をし、家族のことなどを語りだすという“物語”です。この映画でテーマになっていたのは音楽の人への影響でしたが、芸術的な刺激には薬とはちがう“回復の力”が存在するということだと思います。音楽から反応というのは、聴かせているほんの一時的なもののはずなのですが、絵画や写真にも同じ効果があるなら、その効果は見る度にくり返される可能性があるので、難治といわれる疾患などの治療にももしかすると可能性がありそうです。」
※2014年サンダンス国際映画祭のドキュメンタリー部門で観客賞を受賞した映画作品

奥村さんは、著書『エグゼクティブは美術館に集う』(光村図書)の中で、アートが脳を活性化することについて触れています。ニューヨークなど海外の都市では、ビジネスマンがわざわざ通勤前に時間を作って、朝の鑑賞プログラムに参加する姿が見られるのだそう。それは、教養を広げたりリラックスを求めているだけではない、というのが奥村さんの見解です。

奥村 「海外の美術館の学芸員に『悩みはなんですか?』と聞いてみると、『大学院を卒業したような知識人しか来ないことだ』と言うんです。そのくらい、エグゼクティブが美術館に通っているというのは、彼らが脳を活性化するため、創造性や論理的思考力を高めるために有効だと思っているということですよね。いや、もしかすると、彼らはそれを直感的にやっているのかもしれません。ちなみに、グッゲンハイム美術館で行われた研究によると、美術館に来る学生とそうでない学生を比較した場合、前者のほうが読み書きする力、論理的思考力、問題解決力が高いという結果が出ています」
 
奥村さんが紹介してくれた興味深い研究結果は、エグゼクティブと呼ばれる人たちが、なぜ知識人となったのか。その裏付けとも取れるのではないでしょうか。
 

子供は、作品と“一体化”して からだ全体でアートを鑑賞する

“脳を覚醒させる”というアート鑑賞方法は、特に、エグゼクティブだけのものではありません。子供たちが自然に行っているアートの鑑賞方法も、“リラックス”というより“脳を覚醒させる”タイプのものである、と奥村さんは語ります。
 
奥村 「子供たちが絵を鑑賞しているのを見ていると、まるで絵を見ているという意識がないというか、目の前の作品が自分の世界になっていることが多いんです。例えば、作品と同じポーズをする。バランスや構成を自分の身体を通じて理解し、作品と“一体化”することによって、目だけでなく身体全体で鑑賞しているんですね」
 
末安 「大人になってしまうと、子供のように直感的に感じることが難しくなって、どう“感じた”かを知らず知らずのうちに“考えて”しまっているような気がします。きっと、経験とか知識とか、そういうものと作品を結びつける癖がついてしまっているのかもしれません。そして、作品が表現しているものが自分の経験や知識の中にあるかどうかで、受け入れることができるのか否かを決めているのかなぁ、と」
 
子供のように作品と一体化するような直感的な楽しみ方は、大人には少し難しく、意図しないとできない鑑賞の仕方かもしれません。しかし、作品と一体化した視点で鑑賞するということは、決して子供だけのものではない、と奥村さんは語ります。
 
奥村 「古美術の世界で器を鑑賞していると、褒め言葉として出てくるのが『収まりのいい形ですね』というセリフ。器を見ている側の感想ではなく、器を手のひらに乗せている状態、そのサイズ感や重さまでも想像している言葉ですよね。作品を見ながら、脳内では手で器を持っているような感覚を持っているということなんです」

ひとつの作品を見る時、人は、瞬間的にありとあらゆる角度から見たり感じたりして、そこから想像を膨らませます。それは、子供でも大人でも、アルツハイマーの患者さんも同じようです。アート作品を見ることで、脳をさまざまな方向に働かせるのは、人の成長に大きく関わっているのかもしれません。
 

アートと向き合うことは、今の自分を鏡で見ることに似ている

「アートは時に、自分の心の中を見る鏡のような役割をしてくれる」そう末安さんは話してくれました。アート作品を通して、はじめて今の自分の状況が見えてくることがある、ということです。そして、これが“自分を再発見する”という3つ目の効果なのです。末安さんは、この日、たくさんの写真集が並ぶ店内の感想をこう述べられていますが、これも、まさに今の自分を確認しているということに他なりません。
 
末安 「今日、たくさんの写真集や雑誌をこの場で目にして、前はそんなに目を引かなかったのに、今日はしっくりくるというものがあって、受け入れられるものや好きになるものは、日によって状況によって、変わるものなんだな、とあらためて思いました」

末安さんのように、心に響く作品を再び客観的に見ることで、今の自分自身の状況やコンディションを知るのは、誰にでもできることではないでしょうか。また、奥村さんは、一枚の絵を通じて、アートと向き合った時の人の心の変化について興味深く思った出来事を紹介してくれました。
 
奥村 「一枚の海の絵を子供たちに見せたことがありました。その海は荒れた表情で、何艘もの船が大きく揺れているのが伝わるものでした。ある女の子が注目したのは、そこに描かれた小さな鳥。その鳥が荒波の上で辛そうにしつつも頑張っている様子に、過去の自分を重ねて共感し、そしてその絵を好きだ、と言っているんです。絵を通して、辛かった過去を肯定している。これは、非常に興味深いアートとの向き合い方でした」
 
人は案外、自分のことが見えていないものです。特に辛い時、大変な時ほど、その感情だけが膨らんで、それを客観的に分析したり、肯定することは簡単なことではないでしょう。そんな時に、自分と向き合うきっかけをもたらしてくれるのがアートを見ることなのかもしれません。


 

 

絵画や写真など、アート作品を飾ることは、空間を彩るだけではありません。それを見た人たちの中に、さまざまな効果があるということは、奥村さんと末安さんのお話や数々の興味深い事例や研究結果から見えてきましたよね。オフィスやミーティングルームなら脳の覚醒効果を期待するもの、休憩できる場所やロビーにはリラックス効果があるものなど、シーンに合わせたアート選びで、人への働きかけをしてみてはいかがでしょうか。

(TEXT:VISUAL SHIFT編集部)

プロフィール

奥村 高明

聖徳大学児童学部長

1958年生まれ。小中学校教諭、美術館学芸員の後、文部科学省教科調査官として小学校学習指導要領図画工作科の作成に携わり、2011年より聖徳大学教授。14年より児童学部長。近著に『エグゼクティブは美術館に集う』(光村図書)、『美術館活用術』(美術出版社)、『子どもの絵の見方〜子どもの世界を鑑賞するまなざし〜』(東洋館)がある。

プロフィール

末安 民生

一般社団法人日本精神科看護協会会長、岩手医科大学医歯薬総合研究所教授

1954年生まれ。1978年より東京都立松沢病院看護部に13年勤務。1990年、衆議院議員秘書(第一秘書)、1994年、衆議院議員秘書(政策秘書)。同年、東海大学健康科学部看護学科専任講師。2001年、慶応義塾大学看護医療学部助教授。著書に『大切な人の「こころの病」に気づく』など。

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