THINK2016.7.21

グラフィックレコーディングの正体とはなにか?(後編)一枚のビジュアルが組織のコミュニケーションを変える 井口奈保×清水淳子 対談

八島 朱里

株式会社アマナ マーケティング室
ビジュアルシフト編集部 チーフディレクター

日本人としていち早くグラフィックファシリテーション(以下GF)を取り入れたコミュニケーションプロセスデザイナー・井口奈保さんと、Tokyo Graphic Recorderとして様々な現場でグラフィックレコーディング(以下GR)やGFを行なっている清水淳子さんの対談を通じて、GRの成り立ちと未来を探るこの企画。前編ではその起源や、議論をビジュアライズすることの効果について語りました。後編はGRの課題とその未来についてです。井口さんは組織心理学、清水さんはデザインと、それぞれ異なるバックグラウンドを持つお二人は、GRの発展にあたってどんな問題意識を持ち、どのようなビジョンを描いているのでしょうか? ビジュアルシフト編集部がお話しを伺ってきました。

 


ただのきれいな議事録にしないために必要なスキルセットとは?

 ーーややこしい議論をわかりやすいビジュアルに落とし込むために、GFにはどのようなスキルが必要だと感じていますか?
 
井口 私は“アクティブリスニング”がGFの基礎だと思ってます。リスニングは、聞こえたものを自分で解釈することに近い。議事録やノートって参加者が重要だと思ったことを記すものなので、逆に必要でない、と思ったことは書かれませんよね。
 
一方アクティブリスニングでは、出来る限り全ての人の発言をフラットに聞こうとします。例えば、いつもくだらないことを言ってる人がいて、彼が発言するたびに「またか……」という感じで真剣さが失われるミーティングがあったとしましょう。でも、グラフィックファシリテーターは彼の発言を聞き流さず、本当は何を話したがっているのかを引き出したり、彼の発言がなぜチームで受け取られにくいのか、その背景を探り記述します。そうすることで彼の発言の意図がチーム内で理解される。

清水 その上で「今回のツボはこのあたりなんじゃないかな」とアタリをつけながらグラフィックに落とし込んでいくことが重要だと思います。その時に、ただ色使いのきれいな絵にならないよう、情報整理に務めていますね。この議題は赤、この議題は青というように、情報を整理しタグ付けして場に展開すること。ややインフォグラフィックス的な考えを持って行なっているのかもしれません。
 

意識すべきは「なぜ可視化するのか?」を共有すること

ーーそんなGFですが、近年テレビ番組などでも導入されるなど認知も広がっています。その反面、適切に使われていないケースも散見されています。現状では企業側もユーザーも「何がよいGFなのか」を適切に判断できていない状態だと思うのですが、お二人にとってよいGFとはどのようなものですか?
 
清水 私は絵を描くことを目的化せず、その対話や議論を視覚化することで場にどんな影響が与えられるか、を深く意識することでよいものに仕上がるじゃないかと思っています。ある会議の中で、議論を整理するために簡単な記号を使って円滑化できればそれはよいGFでしょうし、逆にすごく凝ったイラストレーションを施しているにも関わらず、参加者が珍しい記念物として写メを撮って終わり、だとそもそもの意味が失われてしまいます。でも出来上がったものだけを目にすると、記号よりも凝ったイラストレーションの方が見栄えはいいわけで、そこにジレンマを感じています。
 

井口 ああ、すごく共感します。「なぜGFを導入するのか」という目的が置き去りにされたまま、華やかさだけで利用されているケースが最近特に多いですよね。そもそも組織心理学の文脈からGFが理論化されたことを考えると、導入目的=システムに変化をもたらすこと、であるのは自明です。ファシリテーション自体が、物事を進める、促進するという意味なので、そこを全員が意識する必要があるでしょう。華やかさではなく、実質的な価値を元にした判断ができる場であるべきです。
 
私がGFの中でも、特にGRを担う場では、会の冒頭で「なぜGRが必要なのか」を司会者やファシリテーターに説明してもらうようにしています。GFはグラフィックを描きながらファシリテーターとして直接コミュニケーションできるけれど、GRは影武者のようにビジュアリゼーションするだけで直接参加者とインタラクションがないんですよね。なので、この説明がないと手段が目的化してしまいがちなんです。その上でミーティングやカンファレンスが終了したら、描かれたものをもとに振り返りをする時間を持つことや、会場のどこにグラフィックを設置するのかということも大切です。
 
清水 私が国内の現場で感じるのは、紙とペンさえあれば使える新しい手法、というイメージで導入されるケースが多いということ。参加者にどんな変化を巻き起こしたいのか?どんな議論をしたいのか?目的が明確化されてない状態で使ってしまうと、ただの絵になってしまう。そういった事例が先行すると「会議の中で華やかな絵を描くパフォーマンス」=GF・GR、という誤った認識が広がりかねないので、危険だと思っています。

GFをブームで終わらせず、普遍的なデザイン手法とするために

井口 私はプロアマ問わず、色々な人が活用すること自体はとてもいいことだと思っています。ただ、その上でクオリティの高いものが市場の中で育っていくべきでしょう。そのために必要なのは、いい事例を作ってそれを周知すること。そのためには、インパクトのあるイベントやカンファレンスなどの単発の記録ではなく、企業とともに一定の年月をかけたプロジェクトが必要です。そういったマインドを持った企業が増えることと、彼らの需要を満たすコンサルティング能力を兼ね備えたファシリテーターが増えていってほしいですね。
 
あと、GF自体は絵が上手くなくてもできることなんですよ。私が担当するワークショップの受講者では、半数が「絵が苦手だけどチャレンジしにきました」という人達なんです。
 
清水 質を高めるために企業との取り組みを増やしつつ、ボトムを広げるために間口は確保しておくということが大切なんですね。
 
井口 ただ、メディアの人には活用の仕方を気をつけてもらいたいですね。影響力のある場では、グラフィックとしての質もですが、目的についてもしっかり議論した上で導入すべきですね。

ーーでは最後に、業界全体ではなく、一個人としてこれからやっていきたい活動や仕事はありますか?
 
清水 私はこれまでの活動で蓄積されたナレッジをもとに、Yahoo! JAPANという企業でそれらをどう活かすか、ということを深掘りしていきたいと思っています。それも個人ではなく、チームとして複数人で行いたいですね。企業としてどうしたら会議が充実させられるのか、それによってどうよいプロダクトにつなげられるか、というよい事例を作りたい。そのためにまず継続的なチームを作りたいと思っています。
 
もっと遠い未来の話で言うと、常日頃から義務教育課程にビジュアルやデザインに関する科目があったらいいなと感じていて。国語や英語などの言語だけでなく、ビジュアルでものを伝えることの授業を初等教育のレベルから導入することで、美術以外の分野でのビジュアル表現の価値が社会的に認知されるといいなと思っています。そのための働きかけはしていきたいですね。
 
井口 私は組織と密に関わるグラフィックファシリテーターとして、企業と時間をかけプロジェクトを回していきたいです。その成果として、グラフィックファシリテーターをプロジェクトメンバーに加えると良い、という事例を国内外で増やしていきたいんです。
 
というのも、これは小さな話かもしれませんが、欧米やアジア諸国の企業からのGFに関する依頼では、飛行機代も含めてしっかりとしたギャランティーが支払われるのが当たり前なんですが、日本の企業文化ではまだそこまで至っていない。日本の企業が費用面で1番難色を示すんですよね(笑)。石橋を叩いて渡るような国民性もあるので、目に見える利益がないと予算が確保できないんでしょう。GF自体に予算をつける価値がある、ということを仕事で示していきたいですね。
 
清水 そもそも価値自体が定量化しにくいので、そういったジレンマはありますよね……。プロフェッショナルとして、どんなことに気をつけていくべきでしょう?
 
井口 GFに関して言えば、見やすさが1番大事ですよね。プロとしてオファーを受ける場合、プロジェクトメンバーがいる空間のどこからでも、何がどう描かれているかが見えて理解できることが重要。文字の大きさ、色の使い方、空間の配置の仕方、そのためのペンや画材の選び方。そこに1番注力すべきだと思っています。基本的な部分なんですが、そんなベーステクニックの質がプロとそうでない人を分けていくと思いますね。グラフィックではなく、グラフィック “ファシリテーション”なわけですから。
 

 


ビジュアルがどんなに美しくても、描くこと自体が目的になってしまっていては、GFやGRはただのパフォーマンスとなってしまいます。これらのポテンシャルを最大限引き出すためにも、可視化することの意味を見直して明確な目的意識をもって活用することが重要です。

ビジュアルが重視される現代では、今後ますます「議論の可視化」の取り組みが広がっていくはずでしょう。特に変化を求める企業にとっては、組織を変える力を秘めるGFやGRを取り入れない手はありません。その時いかに、これらの技法の本質を理解しているかがポイントとなりそうです。

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<プロフィール>
・井口 奈保(コミュニケーションプロセスデザイナー/アーティスト・社会彫刻家)
2013年ベルリンに移住。生活すべてをプロトタイプとし、生き方そのものをアート作品にする社会彫刻家。傍らベルリンと日本やアジア諸国を繋げる文化事業のキュレーター。ベルリンのビジュアル・プラクティショナーのためのコミュニティ「vizthink.de Berlin 」の発起人の1人でもある。

・清水 淳子(Tokyo Graphic Recorder / Yahoo! JAPAN UXデザイナー)
データ&サイエンスソリューション統括本部で、UXデザインに従事する傍ら、Tokyo Graphic Recorderとして、議論の現場に出向き、グラフィックレコーディングを実践しながら、​議論の可視化の効果に関しての研究を行う。現在、グラフィックレコーディングに関する著書を執筆中。
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(取材:武田 俊 / 構成:VISUAL SHIFT編集部 嶋田 朱里)

プロフィール

八島 朱里

株式会社アマナ マーケティング室
ビジュアルシフト編集部 チーフディレクター

飲料メーカーでのマーケティング業務、公共交通系事業社のWebマスターを経て、2015年にアマナ入社。アマナグループコーポレートサイトの企画運営やマーケティング業務を担当。2016年よりブログメディア「Visual shift(ビジュアルシフト)」のチーフディレクターを兼務。

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