THINK2016.3.7

フォントで変わる、「伝わる」資料は書体選びから文字で行うビジュアルコミュニケーション

みなさんは普段、どんなことに気をつけてドキュメントや資料を作っていますか? 内容でしょうか。ページ構成でしょうか。強調したいテキストを太字にしたり大きく表示したり、ということは日常的に行っているかもしれませんね。では、その中の書体選びは、どのくらい重要視していますか?
実は、たったひとつの言葉、たった一行の文章であっても、最適な書体を選べるかどうかで、その伝わり方は雲泥の差! 間違った選び方をしてしまうと、伝えたいことが間違って伝わる、なんてこともあるかもしれないのです。というわけで、そもそも書体って何ですか? というところから、タイポグラフィ研究家の河野三男さんにお話をうかがいました。書体の大切さを知ると、明日からの資料づくりが変わるかもしれませんよ。
 

 


文字から溢れる“なんとなく”が言葉を豊かに伝えてくれる

毎日、何かしら目にする「文字」。そこに、なんとなく好きだなとか、やわらかい感じがするなとか、威圧的だなとか、説明し難い何かを感じたことはないですか? そのふんわりと漂っている空気感は、きっと、タイポグラフィの仕業かもしれません。そう話してくれたのは、タイポグラフィ研究家の河野三男さん。
 
「言語学では、なにか言葉の意味のまわりを漂う雰囲気みたいなものを、『connotation/言語外意味』と呼んでいるのですが、書体を見て、知らず知らずの内に感じる“もやもや”は、まさにそれです。そして、その『言語外意味』を何から感じていたかというと、参考書の表紙や本文ページのタイポグラフィだったのです」

文字で相手に何かを伝えたい時、伝えたい雰囲気や空気感を増幅させる役割を担っているのが、タイポグラフィ。それは、デザインの世界だけでなく、文書や企画書、資料についても同じことが言えるでしょう。
 

書体が生み出す“タイポグラフィ”という質感こそ、イマジネーションの重要な鍵

以下は、いくつかの違う書体で「優しい笑顔」と記載したもの。みなさんも、それぞれの『優しい笑顔』を見ながら、どんな人のどんな笑顔なのか想像してみてください。

「それぞれの『優しい笑顔』は、どんな人の笑顔だと思いますか? 想像を膨らませてみてください。明朝体のものは品のいい年配の女性かなとか、太字のゴシック体のものは明るい男性の感じがするなとか。教科書体であれば、お母さんが微笑んでいる感じがするかもしれませんね。また、『やさしい』や『ヤサシイ』と表記が仮名になると、まったく別のニュアンスに変化します。

そんなふうに、書体が違うだけで、同じ言葉でも頭の中に浮かび上がってくるものが少しずつ違うのがおわかりいただけると思います。例に挙げたような大胆な書体選びは、広告のキャッチコピーや資料の中の見出しなど、大きなサイズの場合に有効です。逆に何ページかにわたって続く長い文章では、比較的に非個性的な書体が読みやすいはずです」
 
人それぞれの印象に違いはあるにしても、文字から具体的なビジュアルを思い浮かべることができたなら、それだけで意味以外のものを書体が伝えてくれているという証拠に他なりません。
 
「私たちは、日常的に言葉を扱っていますよね。その言葉には、『文字』と『音声』があります。前者を読む時、私たちは、無意識のうちにその言葉を頭の中で音声化、つまりナレーション化しているはずなのです。その声がどんな声なのか、そこを想起させるのもタイポグラフィではないか、と思います。
消えそうな小さな声なのか、はっきりと強い声なのか、優しいまろやかな声なのか。書体が変われば連想する声質もさまざまでしょう。ビジュアルであれ音声であれ、わたしたちが書体から具体的な想像を膨らますことができるのは、タイポグラフィによって言葉に ”質感” が添えられるからなのです」
 

書体を適切に選ぶことは、相手に伝わりやすくする心くばり

「これは、主に受け取る側からの話ですが、伝える視点からも言えることです。伝えたい意味やニュアンスを相手に伝えるには、どんな書体を選んだらよいでしょうか。
作る企画書ひとつ、ドキュメントひとつとっても、ブランドの雰囲気に合っている書体、伝えたいメッセージをイメージ通り伝えることができる書体を選ぶ。そのちょっとした考慮があるだけで、相手への伝わり方や印象の残り方は随分変わってくるはずです」
 
そして、最後に河野さんはこう加えます。

「書体は、料理でいうところの食材と似ています。その素材を生かすも殺すも料理をするシェフ次第なわけですが、その素材をよく知っていて素材にこだわるシェフなら、とびきりおいしい料理を作ってくれるにちがいありません。だから、まずは、素材を知ること、つまり、書体と向き合うことからはじめませんか」
 

 

資料や企画書を作る時、使い慣れている書体を使ってしまい、伝わるかどうかという基準で書体選びをしている方は多くないかもしれません。しかし、「優しい笑顔」の例文でもわかるように、書体が違うだけで印象は変わります。いかに、人間という生き物が想像力豊かか、ということでもあるかもしれませんね。文字で伝えるというのは、ただでさえ難しいことです。しかし、相手に伝わるように配慮した資料の作り方を心がければ、「文字だからこそ伝わる」というものができるでしょう。「書体」という心くばりをほんのひと匙、ぜひプラスしてみてください。
(TEXT:VISUAL SHIFT編集部)

プロフィール

河野三男

タイポグラフィ研究家

オックスフォード大学出版局勤務時代にタイポグラフィを中心としたジャンルでの執筆活動を開始。現在は東洋美術学校・非常勤講師、京都造形芸術大学・特別講師として、タイポグラフィを教えている。主な著書には『タイポグラフィの領域』『評伝 活字とエリック・ギル』(朗文堂)、『イラストレーションの展開とタイポグラフィの領域』(共著 角川書店)などがある。

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