「センベイブラザーズ」に学ぶ、起死回生のリブランディング

倒産寸前の町工場から「かっこいい」煎餅メーカーへと自らリブランディングした笠原製菓。煎餅らしからぬスタイリッシュなブランド「センベイブラザーズ」を立ち上げ、今や自社オンラインストアは常に品薄状態。その復活の軌跡に見るブランディング成功の極意とは?

SNSやECの隆盛で、自社発信のPRやブランディングのハードルが下がった昨今、“小さくてもキラリと光る”企業や商品が目立つようになりました。そんな中、東京都江戸川区の「センベイブラザーズ」は、「かっこいい」煎餅メーカーへと自らリブランディング。今や直販ECでは注文が殺到して数カ月待ちで、「星のや東京」や「JUNred」などとコラボするまでに至っています。

ブラザーズの兄で、笠原製菓代表取締役の笠原健徳さんに、アマナデザインの八島智史がインタビュー。その経緯を伺うともともに、企業ブランディングの真髄に迫りました。

 

表参道で感じた「恥ずかしさ」

 

八島智史(アマナデザイン/以下・八島):ご自身が「仕事帰りにこっそり隠れてお煎餅を食べていた」ことが、クールな煎餅ブランド『センベイブラザーズ』が生まれたきっかけだったそうですね。

笠原健徳さん(笠原製菓代表取締役/以下・笠原):はい。そもそも笠原製菓は実家の家業で、東京の下町、江戸川区船堀で1960年に祖父が創業したOEM(相手先ブランドでの製造)専門の煎餅工場なんですね。父が二代目でしたが僕が20歳のときに亡くなり、叔父が三代目を継ぎ、僕の弟が工場長として煎餅を焼いていました。

この頃は、贈答用を中心に煎餅も売れ行きが下がるばかりで、うちも倒産の危機を迎えていたんです。そのうえ、2014年に三代目だった叔父に病気が見つかって……。とはいえ、祖父から続く工場を簡単に潰したくなかったし、何よりも弟がつくる煎餅は最高にうまいんですよ。その最高の煎餅はきっと「見せ方」「売り方」を変えれば、もっと多くの人に届くはず。そう考えて、弟が焼いて僕が売るというスタイルで二人で四代目を継ぎ、自社ブランドを製造販売しようと舵を切ったわけです。

笠原製菓、煎餅製造の様子。

 

笠原:それまでの僕は、煎餅屋の仕事をしていなくて、学校卒業後、デザイン事務所やIT企業などで20年ほど紙やWebのデザインの仕事をしてきました。そして、前職の勤務先の表参道に通っていたとき、仕事柄どうしても帰りが遅くなり、帰路はお腹が減るので、バッグに忍ばせた煎餅をいつも食べていました。けれど、表参道というしゃれた町で煎餅をかじるのがどうも恥ずかしくて……。

「ニューヨークのホットドッグみたいに食べ歩きするのがカッコいい」というイメージをお煎餅にももたせられたら、市場が拡がるんじゃないかと漠然と思ってました。その時の思いが、『センベイブラザーズ』のコンセプトにつながっています。

笠原製菓、代表取締役の笠原健徳さん。

 

八島:なるほど。通常ですと、窮地に追い込まれている家業を立て直すため、まずは何が問題になっているのかを探り、食品だったら味のバリエーションを作ったり、全く違うタイプのお菓子を作ってみたりと、市場に応える「新商品の開発」というところから手をつけることが多いと思うんです。ですが、笠原さんはご自身の体感から煎餅の「スタイル」を起点に考えた。とても興味深い出発点だと思います。

左から忠清さん(弟)、健徳さん(兄)。

 

「自社ロゴをスタンプするの、オススメです」

八島:スタイルを作る第一歩として、まずロゴから手がけたそうですね。

笠原:そうですね。この稲穂のマークはもともと初代の祖父が作ったもので、敬意を込めて継承し、そこに僕ら「SENBEI BROTHERS」を組み込み、先代と僕らを結びつけた形で仕上げました。ブランドカラーの紫は醤油の呼び名であることと色気を出したかったため、キーカラーとして選びました。

八島:初代の要素を残しながらも洗練されたロゴは、狙い通り「カッコいい」。そして、お煎餅をセクシーに、というのは大胆な発想ですよね。

笠原:「表参道で堂々と見せられるデザインに」というビジョンが念頭にあったので、ブランドロゴを入れたTシャツやエプロンを自分が着たいと思えるか、が基準でした。

八島:パッケージもデザイン性が高く素敵ですね。ブランディングに向き合うとき、多くの場合さまざまなリサーチをしますが、そのようなことはなさったのでしょうか?

笠原:実は、そういったことは何もしていないんです。パッケージも同様で、確かにかっこよさも大事ですが、そうそうお金をかけられない。だから「機能性」と「小ロットでできること」ことを重視しました。

「機能性」に関しては、外でかっこよく食べられるようにしたかったので、携帯しやすくて、一度開封してもまた閉じられるファスナーがついたものにすることは絶対条件でした。いろいろ探す中で見つけたのが、コーヒー豆を入れる透明のパウチ袋にクラフト紙を張り合わせた袋でした。密閉性もあるし、紙の質感は雰囲気がある。さらにスタンプが押せることがポイントでした。

八島:なるほど。できることの範囲で、貫きたいスタイルをどう表現できるかを模索した、ということですね。スタンプが押せることがポイントというのは、どうしてでしょうか?

笠原:実はこれが「小ロットでできる」という条件を満たす要因になりました。ロゴ入れは印刷なら簡単ですが、初期コストがものすごくかかる。しかし、既成品の袋に僕らがスタンプを押せば、工賃ゼロ。多少ズレたりスレたりしても、それが味になるんです。

八島:発想として、「クールなデザインで付加価値を付けよう」というアプローチではなく、「コストをできるだけかけずに、でもカッコいいと思えるお煎餅を作りたい!」という思いが、このデザインを生んだんですね。

アマナの八島。

 

笠原:まさにそう。元々デザイナーをしていたと言いましたが、今回のクライアントは「自分」です。限りあるコストと条件の中で、「自分ごと」としてデザインと向き合いました。

ロゴのスタンプを造って自ら押すのはオススメですよ。「絶対に失敗しちゃいけない!」と気合いが入ります。Tシャツや紙袋など単価の高いものほど緊張するんですが、そのぶん商品や会社への愛着が増します。

ちなみに、自分ごとにするとアウトプットがよくなるというのを感じたのは、催事販売用に横断幕を作ったときですね。

催事の様子。背景に掲げているのがコンセプトの記された横断幕。

 

女子高生の「なにこれ、ウケる!」でヒットを確信

八島:この横断幕を見ると、「せんべいを、おいしく、かっこよく」という言葉に目がいきますね。目指すスタイルがとてもよく表現されたコンセプトだと思います。

笠原:最初は、「煎餅を日本の銘菓に。」としていました。ただ「銘菓」なんて、自分自身でも使わない言葉だから座りが悪く、腑に落ちていなかったんです。でも、新宿のルミネで催事販売をする前の晩に、「日本とか銘菓とか、関係ないな。目の前の“あなた”に、とにかくかっこいい煎餅を食べてもらいたいんだ」と思った。そこで『せんべいを、おいしく、かっこよく』がパッとひらめいたんです。

八島:ひらめいてすぐに注文されたそうですね。即実行の行動力はすごいです。

八島:しっかりと反応を作ることができたんですね。

笠原:そうなんです。広告って、場合によっては見てもらえないことも多いじゃないですか? そう考えると、掲げたコピーを声に出して読んでもらえるってすごいことなんですよね。

「本気の声だから届いたんだな」という実感があったし、手応えを感じた瞬間でした。それが2015年のことでしたが、このあたりから催事でもお客様が本当に多くいらっしゃるようになって、工場の業績も徐々に回復してきました。

お金もない、実績もない、それなら知恵を出すしかない。そんな厳しい環境だったからこそ、創意工夫ができました。なんというか「“火事場のクリエイティブ”ってあるよな」というのが『センベイブラザーズ』を立ち上げてから日々、実感していることですね。

製造途中で割れてしまった煎餅を集めてパッケージした商品「SENBEI CARNIVAL」は、いろいろな味が試せると人気。これまでは当たり前のように廃棄されていた煎餅を商品として輝かせた。

 

 

八島:“火事場のクリエイティブ”! いい言葉ですね。いかに情熱を込めて、自分たちの商品なり、会社なりと向き合い、考え抜いたうえでアウトプットする、ということにとても共感します。

ブランディングの手法はある程度決まった型がありますし、それを実行していくことは正攻法ではありますが、限られた条件の中で文字通りのベストを探し抜くとか、ひらめいたことはまずやってみるという姿勢は何よりも大切な気がしますね。

そもそも、ブランディングを必要とする企業やお店には、それぞれの背景や事情があるはずで、同じ解決策なんてないですからね。目の前のことに真正面から向き合い、妥協しないラインや譲れないスタイルを持って乗り越えていくことが、何よりも成功するブランディングの手法なのかもしれません。

笠原:自分たちには何が足りないかを見極めて、知恵を振り絞ってみる。“火事場のクリエイティブ”を起動させることは、それぞれの現場だからこそできるんじゃないのかなって思います。

八島:小手先や表層のテクニックだけではたどり着けない。やはり本気度にまさるクリエイティビティはない、ということなのかもしれませんね。とても刺激になりました。

編集:八島朱里

テキスト:箱田高樹

撮影:杉本晴

 

プロフィール

笠原健徳

笠原製菓 代表取締役

1975年東京生まれ。約20年デザイナーとして企業に勤務したのち、2014年に家業を継ぐ。センベイブラザーズの販売から、パッケージデザイン、プロモーションに至るまで、全てを自ら行う。

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