漫画『マムアンちゃん』の作者タムくんのピースフルな世界観の原点

雑誌『ビッグイシュー日本版』(ビッグイシュー日本)で10年以上連載中の4コマ漫画『マムアンちゃん』などで知られるタイ出身の漫画家、ウィスット・ポンニミットさん。「タムくん」の愛称で親しまれる彼の絵と言葉は国内外で愛されています。2019年4月21日(日)まで、東京で「いいね」展を開催中のタムくんに、その創造の源について伺いました。

作品は“作る”というより、“拾う”感覚

〈PLOFILE〉ウィスット・ポンニミット(タムくん)/漫画家。1976年タイ生まれ。98年漫画家デビュー。2003〜2006年神戸に滞在。2009年『ヒーシーイットアクア』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門奨励賞受賞。現在はバンコクを拠点に、「マムアン」シリーズの漫画をはじめ、アニメーションや音楽活動など多ジャンルで活躍する。 http://www.wisutponnimit.com/

──今回の展示もそうですが、タムさんの作品を読むとハッピーな気持ちになりますね。20〜30代を中心に幅広い年齢の女性たちに人気ですが、タムさん自身はどんな思いで作品制作に向き合っていますか?

ウィスット・ポンニミットさん(以下、タム。敬称略): 僕はあだち充さんの漫画やスヌーピーが登場する『ピーナッツ』など、心がほんのり温かくなるような漫画が子供の頃から好きだったんです。だから自分もそういう作品・漫画を描きたいと思っていました。

僕自身、暗い漫画を読むと、その世界に引っ張られてしまうことがあります。そんな、ダークな気持ちになる漫画は描きたくないと思っていて 。とはいえ、人生は明るいだけじゃないから、中長編の漫画では暗いストーリーを描くこともありますよ。でも最終的には、希望を見出せるような構成にしています。

僕の漫画を読むことで、人生に不満を抱えている人の心が少しでも軽くなるといいなと思うんです。未来のことは誰にもわからないけれど、今まで生きてこられたことや、今生きていられることって、見方を変えれば幸せなこと。そういう視点を、僕が作るビジュアルと言葉を通して読者と分かち合っていきたい です。

──短いメッセージが添えられたイラストシリーズ「ひとこと」も、日常で見過ごしがちな視点に気付かせてくれる言葉が印象的です。「ひとこと」シリーズの言葉はどんなときに生まれるのでしょうか?

タム: 特に“いつ”というのはないですね。僕はいつも、毎日生活する中での自分の気持ちをよく“観察”するようにしています 。「なぜ自分はこんな気持ちになるんだろう」と、自分と向き合って考えることで、発見できる気付きがあるんです。

小さな気づきを与えてくれる「ひとこと」シリーズ。

ひとことは、自分自身を観察することから生まれる言葉。

──具体的にはどういうことですか?

タム: たとえば、去年と同じ桜を今年見て、去年より綺麗だと感じたとします。その変化の理由を観察するんです。「桜自体は変わらないはずなのに、なぜ僕の気持ちは変わったんだろう」。すると、「一緒に見る人が去年とは違ったから、感じ方が変わったんだ」という発見が得られます。

「ひとこと」や4コマ漫画は、そんな僕の日常の気付きを作品にしているので、作品を“作る”というより、日常で感じたことを“拾う”感覚に近い かもしれません。

──「ひとこと」や4コマ漫画は、言葉とイラストのどちらを先に考えますか?

タム:言葉のほうを先に思い付くことが多いかな。その後、頭の中で絵をイメージします。すぐに描く時間がないときは、携帯にアイデアをメモしておくこともあります。

頭の中で何度も考えを巡らせ、ビジュアルを作り上げていく

──『ヒーシーイット』など中長編の漫画や、アニメーションのアイデアも、頭の中で考えることが多いのでしょうか?

タム:長めの漫画を作るときは、まず頭の中で、物語の始まりと結末、途中で起きることなど、物語の軸となるプロットを考えます。頭の中で繰り返し練ってある程度固まったら、紙に文章でアウトプットします。

今回の展示では、タムさんが描いたラフもみられる。

──最初のプロットの段階では、まだ絵は描かないんですか?

タム:そうですね。プロットをまずテキストで作ってからページ割りをして、絵を入れた下書きを作成するという流れです。

──漫画以外にも、クラムボンの原田郁子さんやくるりなど、さまざまなアーティストのミュージックビデオのアニメーションも手がけていますね。

タム:今日持参したラフもミュージックビデオのためのものです。ミュージックビデオを作るプロセスは、漫画とはまた別のやり方です。まずその曲を何度も聴いて、見えてくる絵をイメージします。いろいろなシーンを思い浮かべながら頭の中で何度も構成を練って、だいたいのストーリーを作ったら紙にラフを描きます 

──ミュージックビデオを作るときは、最初から絵が入っているんですね。

タム:そうですね。これは最初のラフですが、紙にアウトプットするまでに頭の中で数回ストーリーを練り直しました。このラフを修正した後でアニメーションにとりかかります。

現在進行中のMVのラフ。頭の中で練ってからアウトプットしている。

四季の有無が、ビジュアルへのモチベーションにも影響

日本とタイのクリエイティブは、四季の有無が関係していると語るタムさん。

──タムさんはタイと日本で活動していますが、その中で、ビジュアル面ではどんな違いを感じていますか?

タム: 今回3月の東京に来て改めて実感しているのですが、日本には四季があるということが、タイとの最も大きな違い です。日本は季節によって着る服が変わりますよね。特に今はまだ少し寒いので、このシャツに何色のニットを重ねて、どんなコートを羽織ろうとか気にするでしょう? そんな細かいところまで考えるのは東京にいるときだけ。タイは一年中暑いから、いつもTシャツに短パン、サンダルでOK。洋服の色の重なりなんて気にしない。そんなことを考える習慣がない んです。

──そうした違いがビジュアルにも影響するのでしょうか?

タム: そうですね。つまり、デザインに対するモチベーションが変わってくるんです。同じものでも、日本のすっきりと整った環境で見ると細かいデザインの良し悪しにも気付きますが、タイの雑多な街並みで見るとあまり細部は気になりません 。色などは季節で印象も変わりますよね。それは四季のある日本ならではです。

──タイではそういう細やかなビジュアルにこだわることはないのですか?

タム: そうとも言い切れません。特に食の分野では、タイでもデザインやビジュアルにこだわる新しいジェネレーションが増えていて、おしゃれなホテルやレストランなども少しずつ増えています。ただ、ごちゃごちゃした街並みの中でそこだけおしゃれで、唐突な印象になっているかもしれません。

クリエイティブの面でも、タイではクリエイターが少なく日本のような業界基盤もないので、日本にいるときのようにチームで何かを作るということはない。タイのクリエイティブ業界が充実するには、まだ時間がかかると思います 

「いいね」くらいの軽い気持ちで見てほしい

展示には、人気のマムアンちゃんの作品も。

──今回の展覧会が「いいね」というタイトルになったいきさつはなんですか?

タム: SNSに僕の作品をアップしたときに、みんながたくさん付けてくれる「いいね」からこのタイトルを思い付いたんですが、言葉として強すぎないのが気に入っています。「うん、いいね」くらいの軽い気持ちで見てほしい 

あと、僕が描いたイラストを元に版画にしてくれている木戸さんの技術にも注目 。木戸さんとはもう15年以上のお付き合いで、細かいテクスチャーなどは木戸さんに頼っている。たまに、木戸さんの版画のほうが、「完成度高いんじゃない」と思うこともあります(笑) 

──イラストに漫画、アニメーションなど、多彩な活動を続けるタムさんですが、今後さらにやってみたいことはありますか?

タム: 作品としては、自宅にかけられるような大きめの絵を描いてみたいですね。壁にかけたその絵に太陽の光があたったとき、周りの空間まで美しく見えるような、そんな作品が理想です。目に入るだけで心地よくなれる、自分でも満足できる仕上がりの絵を描きたいですね。

テキスト:吉永美代
撮影:川合穂波(アマナ)

ウィスット ポンニミット『LIKE/いいね』展

会期:開催中〜2019年4月21日(日)まで
開廊時間:12:00〜19:00。月・火・祝祭日休み ※最終日は17:00まで
会場:ギャラリー キドプレス
東京都千代田区外神田6-11-14 3331Arts Chiyoda 204号
入場料:無料

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