安藤忠雄さんが建築であぶり出す、生きるための着想

時に冷たく時に優しい、コンクリートの壁。
計算された意思を感じる、余白の空間。
福音のように、屋内に入り込む光——。

表参道ヒルズでも、地中美術館でも、プンタ・デラ・ドガーナでも。安藤忠雄さんの作る建築物は見るものに静かに、しかし重いインパクトを残します。

その根底には、自らの建築に吹き込む、ある一つの“思い”がありました。それは一体?

いまなお先鋭的な挑戦を続ける、巨匠の一端に迫ります。

フランスの礼拝堂で気付いた「建築の意味」

ビジュアルシフト編集部(以下、編集部):手がけられてきた建築はどれも特徴的で「安藤忠雄らしさ」にあふれています。ことビジュアル面に関して、安藤さんが大切にされていることはありますか?

安藤忠雄さん(以下、安藤。敬称略):私は建築とは「見る」ものではなく「体験する」ものだと思っているんです。

もちろん建築は実像ですから、ビジュアルとして見ることはできます。しかし、人は建築を視覚のみならず五感すべてを使って感じる。だからこそ、造形としての建築に根付いた、哲学的な思想みたいなものにまでたどり着ける。いわば体験こそが、建築の本質なんです。

編集部:「体験」こそが建築の本質。そう考えるようになったのは、いつ頃からなのでしょう?

安藤:20代の頃、ヨーロッパを旅したことがきっかけです。私は、大学への進学は経済的にも学力的にも難しかったこともあって、建築を独学で学びました。その後、設計事務所でアルバイトをしていましたが、「建築をもっと知りたい」「西欧建築の本物に触れたい」という思いが抑えられず、1年ほど海外に旅立ちました。1965年、24歳のときです。

ヨーロッパからアフリカ、そしてアジアと渡り歩き、アルヴァ・アアルトの作品からパルテノン神殿に至るまで——。各国の建造物を見て回りました。このときに、フランスの郊外に建つ、ル・コルビュジエが手がけた「ロンシャンの教会」と出会った。ここでの体験が「建築とは体験である」という、私の原点となる理念を決定付けました。

中に入り、ただじっと佇んでいるとね、礼拝堂ですから、人がたくさん集まってくるんです。コンクリートで築かれた壁にあけられた窓から光が差し込む。時が経つと光線の角度や色が変わり、集まった人々を照らしていきました。その様子を眺めながら、まず「建築とは人が自然に集まる場所をつくることなのだな」という思いが芽生えた。同時に、私自身がコルビュジエの建築の中に佇むことで、建築観が変わったように「建築空間を体験することで、訪れた人の心を動かし、何かを感じ取ってもらわなければならない」という使命のようなものも抱きました。そして、今もその思いで建築に向かっている、というわけです。

編集部:なるほど。そうした強い理念が埋め込まれていることこそが、安藤建築に私たちが心魅かれる理由なのかもしれません。

安藤:一例を挙げると、70年代、私が作った悪名高き「住吉の長屋」という建築があります。コンクリート打ちっぱなし。間口3.3mに、奥行き14.1mの細長い住宅です。中央に中庭があるのですが、そこに屋根がない。ベッドルームからトイレに行くためには、そこを通らなければならないのですが、雨が降っていたら家の中なのに傘をささなくてはならないんです。それは不便ですよ。また予算の制約もあって、冷暖房は付けませんでした。中庭がありますので、そこから入ってくる光と風で十分だと。施主の方には「暑かったらシャツを脱いでくれ」「寒かったらシャツを一枚余計に着てくれ」「それでも耐えられなかったらあきらめてくれ」と伝えました(笑)。

1976年「住吉の長屋」

 

編集部:過酷な五感体験ですね。

安藤:そう。世間からは批判も称賛もありましたが、私がこの長屋に託した思いは「自然と共に生きる」という、住まいの原点を表したかったんですよ。もちろん、施主の方の了解を得ながら設計したわけですが、自然の厳しさと優しさを、住むことで感じられるわけです。40年経った今も同じ施主さんが住んでいますからね。さすがに頭が下がります。

建築を通し、社会の問題も燻り出す

編集部:建築を体験することで伝えたいものに、社会的なメッセージも含まれているそうですね。

安藤:建築を通して社会の問題を表面化させたい、という思いがあります。また建築にはそんな力があると信じています。

たとえば、20代の終わり頃、大阪中之島の中央公会堂という、100年くらい前に建てられた古い建築物を解体するという話がありました。私はこれに反対した。そして頼まれてもいないのに、この歴史的建造物を残しながら、内部に卵型のホールを入れるという提案をしました。古い建物と新しい空間が共存した状態を作り出そうと考えたんです。それは「老人と若者が共生する社会」「古いものを大切にしながら、新しいもの作り出す社会」を表そうとしたからです。残念ながら、若造だったので、相手にされませんでしたけどね。

編集部:新しさを求めるあまり、古いもの、古い人間をないがしろにしがちだった当時の風潮に、ひとつの解を示そうとされたわけですね。

安藤:ええ。当時は、うまくいきませんでしたけどね。ただその夢は、その後、違う場所で叶い始めます。

たとえば2000年にイタリアのアパレルメーカー・ベネトンから依頼を受けて建てた「ファブリカ」というアートスクール。17世紀に建てられた貴族の建物を保存したまま、地下にまったく新しいコンクリートの新築部分をつけたしました。

また、2002年東京・上野に建っていた国立国会図書館上野図書館を、補強して改築した「国際子ども図書館」もその一例。明治期に建てられた西洋建築に、巨大な二つのガラスボックスを突き刺したような建築です。積み重ねられた歴史の中に、今とこれからを生きる子ども達のためのスペースを挿入して、新しい図書館として再生しました。

ベネチアのサン・マルコ広場の対岸に2009年に手がけた「プンタ・デラ・ドガーナ」も、17世紀に建った世界最古の税関を補強したうえ、コンクリートを組み合わせた新たな美術館としました。今まさに計画中の、2019年に完成予定の「ブルス・ドゥ・コメルス」も、19世紀に建てられたパリの穀物取引所を美術館にするというものです。

2009年「プンタ・デラ・ドガーナ」

 

編集部:すべて「古さ」と「新しさ」の融合を実現させたもの。かつての夢が深く、広く、大きくなってカタチにされてきたわけですね。

安藤:こうした建築での体験が、誰かの心を動かし、行動を変えるきっかけのようなものになればうれしい。また、年を追うごとに私自身、そういう仕事を目指したいという思いは強くなっています。

というのも、2014年に膵臓がんがみつかり、膵臓と脾臓をすべて摘出したんですね。検査結果が出た時は「安藤さん、膵臓も脾臓も切らないといけません。生きている人はいるけど、術後、元気になった人はいませんよ」と言われたんですけどね、「まあ、ええわ」と切った。その後、「食事はゆっくり40分くらいかけて食べろ」「1日1万歩、歩け」「仕事は休憩しながらしろ」と医者に言われたことをマジメに守っていたら、今は前より元気ですよ(笑)。

私はたくさんの人のおかげで生かされているなと感じています。だから、これからも多くの人が、見て、触れて、感じて、心を動かす建築をつくっていきたい。そう思っているわけです。

「挑戦」展で見つけてほしい、生きるための着想

編集部:そういう意味では今回、国立新美術館で開催される展覧会「挑戦」も、多くの方の心を動かすことになりそうです。

安藤:話をもらって、引き受けたとき、まず「今、日本人にないものは何か? それを感じてもらえる場にしたい」と考えました。じゃあ、日本人にないもの、少なくなってきたものは何かというと、私は「自由」と「勇気」なんじゃないかなと思ったんです

編集部:自由と勇気、ですか?

安藤:言い換えるなら、他人から「なにバカなことをしているんだ」といわれるような尖った言動ですね。今は誰もが周囲との協調ばかりを気にしています。平和で平均的であることばかり重視されるようになってきた。もっと勇気をもって、自由になんでもやってみればいい、と感じるわけです。

ならばと考え、「光の教会」を、美術館の中に原寸大の1/1スケールで建てることにしたんです。もちろん本物と同じコンクリートで。実際の教会は、宗教施設なので、誰でも入れるわけじゃありません。しかし、ぜひ多くの人にこの建築を体感してほしかった。

今までこんなバカげたことをする人間はいませんでした。しかし、展覧会にくれば、この教会が体験できる。そしてバカなことをしていいんだな、と感じてもらいたい。そんな狙いがあるわけです。

1989年「光の教会」

編集部:展覧会での「光の教会」は一箇所だけ、実物と変えた部分があると伺いました。それは?

安藤:「光の教会」には、光が差し込むようにコンクリートを切り込んでつくった十字架があり、実物にはそこにはガラスがはめられています。しかし、今回の展示では、このガラスを外しました。

実際の「光の教会」も、設計段階ではガラスははめず、そのまま光と共に風が入り込むことを考えていたんです。冬なら当然、寒い。しかし、寒ければ教会に集まってきた信者が、みな肩を寄せあって温まろうとする。そうやって集まった人たちの心が一つになるのは、祈る場としてはすばらしいのではないかと提案したんです。しかし信者は猛反対でした。

そこでしぶしぶガラスを入れたわけですが、今回は本来の姿をようやくつくることができた。光だけではなく、十字架から入ってくる風を感じて、教会を体験していただきたいですね。

編集部:そして心を動かしてほしい、と。

安藤:そうですね。さらに建築を身近に感じてもらいたくて「住吉の長屋」からはじまる住宅の展示にもとても力を入れました。「この模型はおもしろいな」だけじゃなく、今住んでいる自分の住居や生活、土地や文化などまで思いを馳せてほしい。「ああ、こういう考え方もあるのか」「自分も少しバカなことをやってみたいな」などと、これから自分が生きていくためのアイデアにしてほしいですね。そんな発想の引き金になることが、ビジュアルを含めた表現活動や、ものをつくることの役割なんでしょう

Profile

プロフィール

安藤 忠雄|tadao ando

建築家

1941年大阪生まれ。元プロボクサー。独学で建築を学んだ後、69年安藤忠雄建築事務所設立。「住吉の長屋」で日本建築学会賞受賞後、アルヴァ・アアルト賞、国際建築家連合ゴールドメダル、フランス芸術文化勲章(コマンドゥール)など数多の賞を受賞。イエール大学、コロンビア大学、ハーバード大学で客員教授を歴任。97年より東京大学教授(現在、名誉教授)。代表作に「光の教会」「ユネスコ瞑想空間」「フォートワース現代美術館」「表参道ヒルズ」「プンタ・デラ・ドガーナ」などがある。

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<国立新美術館開館10周年 安藤忠雄展―挑戦―>

会期:2017年9月27日(水)〜12月18日(月)毎週火曜日休館
開館時間:10:00〜18:00 金曜日・土曜日は20:00まで
入場は閉館30分前まで
会場:国立新美術館 企画展示室1E+野外展示場
Webサイト:http://www.tadao-ando.com/exhibition2017/
お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

<連動企画 安藤忠雄 21_21の現場 悪戦苦闘>

2017年10月7日(土)〜10月28日(土)毎週火曜日休館
会場:21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3
開館時間:10:00〜19:00
入場料:無料
Webサイト:安藤忠雄 21_21の現場 悪戦苦闘

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