塩見有子さんが、企業のアートコンサルタントを推し進める理由

アートと企業の関係を探る連載、第3回はNPO法人AIT(Arts Initiative Tokyo)の理事長、塩見有子さんが登場。学校運営や企業とのプロジェクトを通して「アートで何かしよう」と考える人をサポートしてきた塩見さんに、「アート×企業」の今と未来について、アマナの吉家千絵子が伺いました。

アートの話ができる場所がありますか?

吉家千絵子(以下、吉家):まず、AITについて教えてください。

塩見有子さん(以下、塩見):AIT は、「美術館でもギャラリーでもない、アートに関心のある誰にでも開かれている場所」を作りたいと思って始めました。「アートの学校としてのMAD(Making Art Different)」、「アーティスト・イン・レジデンスのプロジェクト」、そしてキュレーションやコンサルティングを通じた「企業との仕事」がメインの活動です。

MADは、代官山でのスクールに加えて、サイト上で学習できる無料の「Free MAD」も2012年から立ち上げました。アーティスト・イン・レジデンスは、2003年からアーティストやキュレーターを海外から東京に招いたり、また日本から海外へ派遣したりもしています。

吉家:今日は、AITの柱の1つである「企業との仕事」について、特にお伺いしたいのですが、企業との仕事でAITが果たす役割は?

塩見:中立の立場で企業とアートのコンサルタントをしていきます。ビジネスの常識とアートの当たり前が違うので、互いの言葉を相手が腑に落ちるように翻訳していくような作業でもあります。たとえば今、継続して関わっているのは「日産アートアワード」とマネックス証券の「ART IN THE OFFICE」ですね。

吉家:2年に1度行われる、若手から中堅対象の「日産アートアワード」は日本を代表する賞の1つになりましたね。

塩見:私たちは2回目の2015年から関わっていますが、日産の明確なビジョンに対して具体的にどのようなプログラムに落とし込めば、企業にとってもアーティストにとっても「やってよかった」と思える内容にできるかを考えます。その前提として、アワードがより多くの車を売ることに直結すべき、という考え方よりも、会社の大方針に寄り添いながら日本のアーティストの応援団になること、そしてアートの楽しさや複雑さを多くの人と共有することを大事にしています。

吉家:日産の社員には、どう波及しているのでしょうか。

塩見:ファイナリストの作品を日産は社内に展示しており、受付周辺や待合スペースなどに飾っています。掛けたり置いたりするだけでは不十分で、作品について話す場が必要です。そのため、社員向けの現代アートに関するトークを行ったり、社員が訪問しやすい時間帯にアワードの展覧会ツアーを行うなど、知って、感じて、言葉にする活動を地道にしています。

藤井光 「日産アートアワード2017」展示風景 《日本人を演じる》 2017 (撮影:木奥惠三) Photo Courtesy: 日産アートアワード

 

吉家:マネックス証券のプロジェクトは、公募で選ばれたアーティストが会社の会議室で作品制作し、1年間展示することで、話題になりましたね。

塩見:そうですね。2008年の開始当時は、正直、社員の方も何が起きているかわからない「ひっそり感」があったのが、さすがに10年以上続けると「今年のアーティストはどんな人?」という風に受け入れ側の雰囲気が全く変わったことは興味深いです。重要なのは、会社がプロジェクトをリスペクトしていることを表すポイントを作ること。AIOでは、社員や訪問客が作品を会議室の外からでも見られるよう壁の一部をガラス張りにしたり、社内でも大事な会議が行われる場を作家に提供することが企業先導で行われており、社員やアーティスト、訪問者との交流が増えてきたと感じます。

吉家:企業との仕事を通じて、特に思うことはありますか?

塩見:結果はすぐに現れない、ということです(笑)。アートにまつわることには時間がかかりますから、成果やソリューションをすぐに求めず、逆に時間がもたらす果実を楽しみにするくらいのスタンスで継続的に取り組んでほしいと思います。

ART IN THE OFFICE 2018受賞作品「見えない地図を想像してください」金子未弥・作。マネックス証券では、皆がフラットな円形でいることが重んじられており、ART IN THE OFFICEにも円形の部屋が使用されている。

 

会議にアーティストが参加する!?

吉家:アート支援は企業にとってメリットがあるのでしょうか。

塩見:アートはあらゆるものとつながる力があります。アートやアーティストに接することで生まれるアイデアやコミュニティ、関係性が企業にとっていつもと「異なるもの」として化学反応を起こします。たとえば海外では、アーティストを会議に参加させる会社があります。アーティストは、企業の人とは全く別の思考で、物事を捉えていますから。

吉家:アーティストならではの視点とは?

塩見:昔、フェデリコ・エレーロというコスタリカ出身のアーティストと路地を歩いていたとき、角に溜まるゴミを見て「世界の問題はこういうところから生まれているんだよね」と言ったことがあります。当時は、湾岸戦争のころで、私たちが気にも留めない事柄から世の中を繋げて見ているのだと思いました。まったく関係ない物事を近づけてみる、裏側から、あるいは逆さにして物事を観察してみる、体を使って確かめてみるなど、効率性や利便性、常識や慣例にとらわれない独自の見方がそこにあると思います。

吉家:欧米のアート支援と比べて、日本の状況はいかがですか。

塩見:一概に「海外がいい」とは思いませんが、欧米は、アートに対する文化的素地が違います。それと、欧米の人は新しいシステムを作るのがうまいですね。たとえば「ファンドを作って作品を買い、コレクター同士で交換」する仕組みを作るなど聞いたことがあります。

トップダウン型以外の支援を探して

吉家: MADの話を聞かせてください。

塩見:2001年からスタートし、修了生は2400名ほどです。スクール名のMAD(Making Art Different )には「アートを変えよう、違った角度で見てみよう」という意味が込められていて、新しいアートの地平を切り開くというイメージでつけました。近年は「ホリスティック」をテーマに初心者からコレクターまでを対象にしたコースを展開しています。

現代アートの学校「MAD」が行われるAITルーム。撮影:越間有紀子

 

吉家:受講者の8割は社会人だそうですね。

塩見:30〜40代がメインですが、10代から80代まで幅広い年齢層です。以前は女性が多かったですが、最近は男性が増えてきました。受講者の主な目的は、大きく分けると2パターンあると思います。「昔から好きだった」「最近になって気になり始めた」あるいは「買って見たいのでもっと知りたい」という関わり方に重きをおく鑑賞者タイプと、「アートの考え方をヒントにビジネスに活かしたい、ビジネスを立ち上げたい」という活用指向タイプです。

吉家:企業のアート支援となると、どうしてもトップダウンかととらえてしまうのですが

塩見:確かに、トップダウン型のアート支援が多いと思います。でもある程度は仕方ないことかもしれません。トップがその目指すところを示し、その判断にブレがないプロジェクトでないと、ちょっとした問題が出たときに周りが右往左往してしまいます。アートは、みんなが素晴らしいと思う1点からではなく、1人が価値を認めた1点から、世に出て広がっていくことが歴史的に多く見られます。そうしたこととも関係しているかもいれません。

ただ一方で、最近ではボトムアップ的な活動や民主的な方法でアート支援をしようとする傾向があるのも見逃せません。実際に、勤務する会社でアートプロジェクトを立ち上げたMAD修了生もいます。

吉家:アートのある会社は、ない会社とどう違いますか?

塩見:今、「アート」と言ったとき、実は何がアートなのかがわからない時代なのかなとも思います。なので、答えるのは少し難しいですが、アーティストの思考や哲学、技術が詰まった作品があれば、細胞レベルで何かを感じ、自分でも気づかない変化がすぐに、あるいは予告なしに現れると思っています。アートの効用として、よくコミュニケーションが指摘されますけど、まさにそういうことだと思います。

吉家:でも、アートの入り口がまだ見つからない人も多いですよね?

塩見:まずは美術館やギャラリー、アートフェアに足を運んでたくさん見てみてください。数百点のビジュアルシャワーを浴びる。くたくたに疲れたあとに「あの作品おもしろかったな」と引っかかる感覚が重要です。その後、なぜそう感じたかを自分自身に聞いてみると今度は自分を知ることになります。タイミングなどが合えば、買ってみるのもいいと思います。あとは、仲間づくりも大切で、周囲にいなければMADに来てください!

それと、現代アートなら、その作家のトークを聞きに行ったり、オープニングなどに行って本人と話してみることをおすすめします。いきなりは無理でも、買ったギャラリーに頼めば機会があるかもしれません。

吉家:企業とのプロジェクトで、これからやりたいことは何ですか?

塩見:2016年から「dear Me」というプロジェクトをスタートしています。社会的養護下にある子供たち、自己表現やコミュニケーションに難しさを抱える子供のほか、さまざまな環境の子供たちがよりよい未来を描けるようにアートを道具として使ったプログラムを進めています。支援してくれる企業があればいいのですが。

dear Me Project:占部史人による、南の島々に伝わる神話をもとにしたワークショップ「空とカタツムリ」2017 星美ホーム。撮影:越間有紀子

 

dear Me Project:KOSUGE1-16によるワークショップ「どんどこ! 巨大紙相撲 星美場所」2018 星美ホーム。撮影:越間有紀子

 

吉家:なるほど、なかなかニッチなプロジェクトですね。

塩見:私はアート支援はそれでいいと思っています。アートは手段であって、目的ではないとよく言いますが、「アート」を取り入れてオッケーではなくて、その向こう側にどんな風景が見えるかを考えたいです。生活は変わるか、行動は変わるか、意識はどうか。アートへアクセスする道を増やして、10年後に企業や個人の姿がどう変わっているか、変えることができるか。そこに私も関わりを持っていたいです。

撮影:大竹ひかる(parade)

 

プロフィール

塩見有子

NPO法人 AIT(Arts Initiative Tokyo)理事長

AIT(エイト)ディレクター。学習院大学法学部政治学科卒業後、イギリスのサザビーズインスティテュートオブアーツにて現代美術ディプロマコースを修了。帰国後、ナンジョウアンドアソシエイツにて国内外の展覧会やアート・プロジェクトのコーディネート、コーポレートアートのコンサルタント、マネジメントを担当。2002年、仲間と共にNPO法人AITを立ち上げ、代表に就任。

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