『なるほどデザイン』著者の筒井美希さんに聞く、ビジュアルでわかりやすく伝えるデザインの力とは

2015年の発売以来、20刷(2019年8月現在)を重ねているヒット本『なるほどデザイン』。デザインする上で必要な基礎やルールなどをビジュアルでわかりやすく楽しく伝えています。この本のコンセプトが生まれた背景からデザインの仕事の醍醐味までを著者の筒井美希さんに伺いました。

デザイナーからADへ、デザインの仕事を幅広く

〈PROFILE〉筒井美希|Miki Tsutsui
株式会社コンセント所属。雑誌、ムック、書籍、広報誌、学校案内、Webサイトなど幅広いジャンルでアートディレクションやデザインを手がける。2015年には著書『なるほどデザイン 目で見て楽しむデザインの新しい本。』を、さらに今年、自身を中心としたデザインユニット「mmm.」による著書『うっとりあじわいじっくりデザイン』をMdNより刊行。著書をベースとした講演も行うなど、その活動は多岐にわたる。

――デザインを仕事にしようと思われたきっかけとは?

筒井美希さん(以下:筒井。敬称略):私がデザインの仕事に興味を持ったのは高校生のとき。もともと読書が好きだったのでブックデザインに興味がありましたし、Webサイトを作る人が増え始めた頃だったので、見様見真似でWebサイトを作ってみたりして、何かを作ることを楽しいと感じていました。

絵を描くのは直接的な作品作りという感じがしますが、デザインはそれより一歩引いた感じがするんです。アーティストになりたいわけではなかったので、その距離感が自分の中でしっくりきて、デザイナーを目指しました。武蔵野美術大学のデザイン情報学科という、当時まだできたばかりの学科に入学したのですが、絵画や彫塑といった美大らしい科目だけでなく、エディトリアルデザイン、ユーザーインターフェース、課題解決、プログラミングまで、幅広い分野に触れられたのも大きかったと思います。

――その後、実際にデザインを仕事とされたわけですが、どんなことから始められたんですか?

筒井:アレフ・ゼロというエディトリアル・デザインの会社に入り、最初の5年は雑誌のデザインや書籍、ムックのデザインを担当しました。その後、企業の広報誌やブランドのカタログなど出版物以外の仕事も担当するようになり、アレフ・ゼロがコンセントと合併してからは、Webサイトのデザインもするようになりました。
2012年にはサービスデザイン(※)という部署ができ、 “サービス開発のためのデザインをする”という新しい仕事に、私も関わる機会が増えてきました。デザイナーからアートディレクターを経て、今では、自分が手を動かすだけでなく“プロジェクト全体で何をするべきかを考え、設計し、実行する”。そういう、広い意味でのデザインの仕事をするようになっています。

※企業が提供するものすべてを「サービス」として捉え直し、ユーザー体験に基づく、よりよいサービスの提供とその実現のための組織や事業の再構築を行うアプローチのこと。

“なるほど!”とデザインを理解する面白さを本で伝える

右は、発売以来20刷のヒットとなった『なるほどデザイン』(MdN)、左は、2019年4月に発売した新刊『うっとりあじわいじっくりデザイン』(MdN)。

――デザインに関する本を作ることになった経緯とは?

筒井:お話ししたように、デザイナーになって最初の5年は雑誌のデザインをメインにしながら、書籍やムックの装丁なども行っていました。その中に『なるほどデザイン』の版元であるMdNさんの書籍の装丁の仕事があったんです。MdNの担当編集者の方とメールや打ち合わせでやりとりする中で、デザインについて言語化する機会が多かったのですが、その様子をみて編集の方が“この人は本が書けるのではないか”と思ったそうで、声をかけてくださいました。

――具体的にメールではどんなやり取りをされていたんですか?

筒井:私がデザイナーになって初めて関わった雑誌のアートディレクターは、“デザイナーはデザインの意図をきちんと話すべきだ”という考えを持つ人でした。それで私もデザイン案を出すときは、「こう考えてこのデザインにしました」など、きちんと言葉にしていたんです。言葉にすることで、考え方の良し悪しと、作ったデザインの良し悪し、どちらも確認できると思っていたので。MdNの編集の方とのメールでもそういった“デザインの意図”を書くようにしていたのですが、そこに目を付けてくださったんだと思います。

――その後、実際に『なるほどデザイン』という本を作ることになり、そのコンセプトや内容はどう決められたんですか?

筒井:雑誌の仕事で関わるのは、雑誌編集者やライター、カメラマンなど、比較的デザイナーとのやり取りに慣れている方が多いです。でも、企業広報誌となるとクライアントが一般企業の広報の方となり、デザインの前提知識がある方とは限りません。そういうクライアントが相手の場合、雑誌のときよりも丁寧に、“この書体である理由”とか、“このカメラマンに撮ってもらう理由”を話して、デザイン案を出していました。すると、クライアントが「なるほど! そうなんですね!」と納得してくれる。その瞬間が私にとっては本当に嬉しくて。デザインに関する本を作ろうと考えたとき、“デザインを理解できる面白さ”を形にしたいと思いました。

――まさにそういう本になっていますね。デザインの目的や進め方などを、理論を踏まえた上で「わかりやすくビジュアル化」し、どんな人にもデザインの楽しさが伝わる本になっていると感じます。

筒井:そうですね。『なるほどデザイン』には多くの作例を入れています。

よいデザインを探る過程では「ここを強調するならこういうデザインだし、こっちを優先するならこうなるし……」といった感じで数パターンのデザイン案を作ってディスカッションをしますが、世に出るデザインは当然ながら一つだけ。

プロとして仕事をするようになって一番驚いたのは、「デザイナーがどうページを構成するかで、コンテンツそのものの魅力がぜんぜん違ってくる」ということ。でも、完成品だけをみてもなかなかその面白さはわからないので、打ち合わせ段階に出ていた“いろんなデザインパターン”を並べるだけでも、普段デザインに触れない人には面白く感じてもらえるだろうと考えました

デザインの醍醐味は、交わらなかったもの同士の接点を作ること

――『なるほどデザイン』の読者の反響にはどんなものがありましたか?

筒井:そうですね……。『なるほどデザイン』を出版してからは、“デザインについて話す”仕事の依頼をいただくことが多くなりました。

たとえば、人材採用に関する総合サービスを提供するリクルートジョブズ様の社内研修や、中部国際空港様の従業員向けのセミナーに講師として伺ったりしました。中部国際空港の場合は、“空港内のお客様の動線上に配置してある案内(サイン)がわかりにくくてお客さんが迷う”という課題があり、そこをデザインの力で解消できないものか…というご相談もあったので、セミナー前に実際に空港を視察し、気付いたデザイン的な問題点をもとにお話しました。

――空港という三次元空間のデザインにも『なるほどデザイン』の内容は応用できるんですね。

筒井:サインに関するデザインリサーチのプロジェクトも行ったのですが、サインの造形はグラフィックデザインだし、掲示物の情報整理はエディトリアルデザインだし、空港に訪れてから旅立つまでの動線はUXデザインなんですよね。グラフィックでもエディトリアルでもUXでも、あるいはほかのどの分野であっても、デザインの考え方は抽象化するとさまざまな場面で考察するときに活かせると思います。

――そういった新規クライアントと関わる中で、ご自身ではどんなことを感じましたか?

幅広い業界・職種の方の「デザインを知りたい」というお悩みに触れられたのは、私にとっても貴重な経験でした。
ただ、お話を聞いてみると「どうデザインするか」以前に「どんな人に、なにを伝えるべきか」がわからない、決められない、合意形成ができない、という方もいらっしゃいます。

『なるほどデザイン』は目的はすでに決まっている前提で、その目的に合わせてデザインをしましょうという話なんですよね。でも実際にはその「目的」を決めることのほうがはるかに重要で、そして難しかったりする。

プロジェクトでも、伝えるべき内容を一緒に考えるところから始めます。新人の頃は与えられた情報をいかに魅力的に伝えるかを考えてきましたが、それだけでは足りない。一緒にコミュニケーションそのものをデザインしていく、という姿勢もデザイナーとして必要だと思うようになりました。

デザインを考えるときなどは、「Paper」というアプリを使っている。

――筒井さんが思う、デザインという仕事の醍醐味とは?

筒井:言葉やビジュアル、動きや音など、いろんな手段を駆使して伝わる形をつくることが大事なんだなと思います。その結果、うまく伝わらなかった情報が届くようになったり、違う価値観の人と人の間に共通認識ができたりして、それまでは交わるところのなかったもの同士の接点を作れることが、デザインの醍醐味

さらに、プロジェクトによって求められるアウトプットの仕方が違います。だからカッコいいものを作ったり、作品が変われば演じる役が変わる役者さんみたいだなと思うことがあって(笑)。ちょっと役者気分を味わえるというのも、デザイナーのもう1つの醍醐味ですね。

テキスト:佐藤ちほ
撮影:大竹ひかる(アマナ)

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