韓国車キア「スティンガーGT」の感じるカタログ!

テクノロジーライターの大谷和利さんが注目した、韓国車キア「スティンガーGT」のカタログ。この限定の豪華カタログには、見る人にクルマを印象づけ、つい試乗したくなる仕掛けが施されていたのでした。その仕掛けとは?

かつての日本車がそうだったように、近年の韓国車は欧米の技術を導入しながら、独自のポジションを築きつつある。アウディのデザイナーやBMWのエンジニアをヘッドハントして開発されたスポーツセダン、キア「スティンガーGT」は、その最前線に位置する製品だ

先日、たまたま海外出張の途中で立ち寄ったシリコンバレーの大型ショッピングモールの一角、大きなガラスの開口部を持つダークなショールームの奥に、真っ赤なクルマが1台だけスポットライトの中に置かれているのが目に留まり、何かと思ったらこの「スティンガーGT」の展示だった。

これまで、キアというブランドのイメージは、残念ながらあまりいいものではなかった。そのためか、ショールームにもキアの文字はなく、あくまでもスティンガーを前面に押し出して印象づけるマーケティング戦略だ。

そして、アメリカにおける「スティンガーGT」の発表に際して、モータージャーナリストに配布されたのが、「テストドライブ」ならぬ「テキストドライブ」と銘打たれた、限定版の豪華カタログだった。

このカタログの目的は、「スティンガーGT」に紙上で試乗した気になってもらうということにある。より正確には、スポーツセダンとして無名に等しい「スティンガーGT」に、このカタログを通じて興味を抱かせ、実車をテストドライブの上で記事にしてもらうことが最終目的だ。そのためには、普通のカタログでは不十分といえ、相当に知恵を絞って作られている。

「テキストドライブ」用のコンテンツは、「キア」という自動車会社名よりも「スティンガー」という車名自体を印象付けることを目的として作られた。

まず、目を惹くのは、最初のクルマの写真が白いステッカーで隠されている点だ。あえてビジュアルをシルエットにして期待を持たせ、読者であるジャーナリストが自分でめくって真の姿を確かめるという演出なのである。

新車発表会で見かけることの多い、ベールをめくると隠れていたクルマが姿を表すという演出を再現するために、あえて写真の上に弱粘着性の白いステッカーが貼られている。

次に、高性能なクルマでは、アクセルを一気に踏むと、車体が動く前にタイヤが煙を出しながら空転するホイールスピンが誘発されるが、これも写真とある仕掛けによって再現されている。誌面のタイヤ部分を爪などでこすると、そこから煙に似た粒子が発生し、焼けたゴムの匂いがするのである。

ハイパワーの象徴である静止状態でのホイールスピン(タイヤだけが空転し、摩擦熱で煙を出す状態)もインパクトのある写真で表現されているが、それだけではない。

特殊な印刷技術を使い、爪などでこすると、煙のような粒子が立ち上って匂いを感じられるようになっている。

また、パワーをかけて車体をスライドさせながらコーナーを駆け抜けるドライビングテクニックであるドリフト走行も、写真と仕掛けを巧く組み合わせて表現されている。円を描くラインに沿って爪でなぞると、何もないアスファルトの路面にスキッドマークと呼ばれる黒いゴムの跡が浮かび上がるのである。

タイヤを滑らせて路面に黒いゴムの跡(スキッドマーク)を残しながら走るドリフト走行シーンには、ドローンによる空撮写真が使われており……

折り込まれたページをめくると、最初は単なるアスファルトの地面だが……

これも爪で円を描いてからめくり直すと、カーボンコピーの要領でスキッドマークが現れるという凝った仕掛けである。

さらに嗅覚にも訴えるために、ドアの内張の一部を剥がして鼻に近づけると、内装に貼られた本革の匂いがする。インテリアのビジュアルが持つ豪華で精悍な印象が、香りによってさらに強まる仕組みである。

“A SENSORY EXPERIENCE”(知覚体験)という注釈のある小片を取り外して嗅ぐと、インテリアに使われている本皮の匂いがするようになっている。

最後にダメ押しは、黄色いスピーディング・チケット、つまりスピード違反の切符である。日本ではやり過ぎに感じられるかもしれないが、アメリカ人ならば、軽いジョークにニヤリと笑って試乗を申し込むことだろう。

こんな高性能なクルマに乗ったら、ついスピードを出しすぎて違反切符を切られるに違いないということから、ご丁寧にそのレプリカまで貼られている点が、強い印象を残す。

ここまで自信に満ちたカタログでモータージャーナリストを挑発しても、製品自体に中身がなければ意味がないが、たとえば、第三者機関によるポルシェやBMWとの比較テスト<https://www.youtube.com/watch?v=sPD1joDOlLo>でも、価格的に倍以上するライバルたちを出し抜く高い評価を得ている。

逆に、それほどのクルマを作り上げたからこそ、それをアピールするために優れたビジュアルコンテンツが求められたと考えるべきなのである。

※図版は、すべて公式ビデオからのものです。

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