Cookie規制から逆算するデジタルコミュニケーション戦略

周知の通り、ヨーロッパでは2018年5月にGDPRが施行。この原則はEU外の企業に対しても適応されるため、グローバル展開をしている国内企業は対応に迫られたのではないだろうか。
いま、世界の流れは個人データ保護に向かっている。国内でも公取委や政府の個人情報保護委員会がルールづくりを進めており、波は遅かれ早かれ日本にもやってくることだろう。そうなったとき、企業はデジタルを使ってどのように消費者とコミュニケーションを図っていけばいいのだろうか? 本稿では、GDPRやITP2.3がもたらす個人データ保護規制の状況をあらためて確認し、これからのデジタルコミュニケーションのあり方を探っていく。
GDPRとは何か
まずGDPR(EU一般データ保護規則/General Data Protection Regulation)の仕組みについて簡単に解説する。GDPRは2018年5月に施行された、EU内のすべての個人のためにデータ保護の強化を進める規則だ。

GDPRの役割を示した図(ガードナーの資料より引用)
EUの機関が監視する企業体は2つ。「Data Controller」つまりブランドなどの事業会社と、クラウドサービスを提供する「Data Processor」、いわゆるプラットフォーマーだ。
では対象となる個人データにはどういったものがあるのだろうか。個人情報といってすぐに思い当たるのは、顧客の氏名や住所、電話番号、メールアドレス、クレジットカード番号などだろう。もちろん保護対象にはこうしたデータも含まれるが、GDPRではIPアドレスやCookieも対象となっているのがポイントだ。
従来、これらのアノニマス(匿名)データは個人情報と見なされていなかったが、GDPRによって保護されるべきものとなった。またデータを取得する際にはユーザーの同意が必要だと定められ、違反した場合は制裁金が課されるようになった。
2019年7月、英国当局はGDPRに基づき、ブリティッシュ・エアウェイズ社とマリオット・ホテルグループに対して、それぞれ約250億円と約135億円の罰金を科すと発表した。

GDPRに基づく罰金が課されたというニュースが2019年7月報道された。
このように個人データの取り扱いに対する法的規制はリアルになってきている。ブリティッシュ・エアウェイズは当局の決定に意義を申し立てており、控訴も含めて弁護の立場を強めるとしているが、これは手痛い教訓となったことだろう。
Cookieが使えない未来
今後のデータ利用におけるもうひとつの重要トピックはITP(Intelligent Tracking Prevention)だ。これは2017年にAppleが発表した、サードパーティクッキーによるSafariブラウザ内でのトラッキングを防止する機能。個人のプライバシーを保護する目的で導入された。

ITP1.0から2.0へのアップデート(2018年6月発表)により、safari内でのサードパーティクッキーが保持されなくなった。現在はさらにアップデートが行われている。
2021年1月現在のバージョンはITP2.3となっており、サイトをまたいで発行されるサードパーティクッキーが即時削除される他、Cookieの代わりに“localStorage”と呼ばれるデータを使うことでトラッキング情報を補っていた一部の広告媒体についてもCookie以外のストレージデータも最大7日間で無効に。また、サブドメイン間で遷移が行われた場合、これまで取得できたサブドメインの情報も取得できなくなった。
この影響により、Safari内でのリターゲティング広告が減少したり、クリックから日にちが経過したCVデータが計測漏れを起こしたりするようになった。
ITPはSafari内の技術なので、Google Chromeなどの他ブラウザでは関係ない。とはいえこれは、「トラッキングされていてなんだか気持ち悪い」といったユーザーの感覚を反映したAppleの取り組みだ。Cookieのトラッキング技術を使ったマーケティング施策が、今後の世の中の流れや、プラットフォーム環境の変化によってやりにくくなる可能性は大きい。
GDPRやITP2.3といった状況から言えるのは、デジタルデータが今までのように自由に使えなくなっていくことだろう。Cookieのない世界がやがて訪れ、個人データの利用には必ず許諾が必要になる。
その世界ではユーザーへのインセンティブの設計が重要となるはずだ。メリットをしっかりとユーザーに提示し、プッシュ型ではなくプル型のコミュニケーションによって自社のファンになってもらう。では具体的に、どのような方向性で行っていけばいいのだろうか。ここからは事例を踏まえながら、3つの案について考察していく。
さて、何をすべき? 3つの具体案
1つ目は透明性をデザインすることだ。ユーザーのどんなメリットのために、何のデータを使うかを明示する。例えば、タクシー配車アプリ「MOV」や、健康データレコードアプリ「Health Wizz」に見て取ることができる。

「MOV」「Health Wizz」に見られる「透明性のデザイン」
「MOV」ではタクシーの配車のためにユーザーの位置情報を使用している。許諾を取る際、上図のように「なぜ使用するか」を分かりやすく明示しているのがポイントだ。
また「Health Wizz」では、ユーザーは健康状態のデータを病院や医師、その他ヘルスケアサービスと連携させ、個人に合わせた最適な医療サービスを受けることができる。インセンティブがあるからこそ、データの取得は合理化されているのだ。
これらの例のように、データ提供によるメリットをサービスデザイン自体に組み込むことが重要になる。逆に、例えば店舗のオムニチャネル戦略によく見られるポイント付与アプリなどでは、ユーザーにとって氏名・性別などのデータ提供はサービス設計上の必然とは言えない。データをどうサービス設計に落とし込むかという発想が今後必要とされるだろう。
2つ目はデータを資産として扱うプラットフォームの登場だ。ブロックチェーン技術を活用した情報銀行がその中心となる。

データを資産として扱うような認識の変化が進む
情報銀行とは、ユーザーが自身の個人データを一括登録し、その代わりにサービス登録の際の煩雑な入力を回避できるといったメリットを提供する仕組み。その他にも、ユーザーがWeb行動データを提供することで、代わりにポイントが付与されるようなインセンティブ設計も考えられる。
ブランドなど事業会社としては、ユーザーの許諾を得たセキュアなデータのマーケティング活用が可能なため、大きな魅力だろう。三菱UFJ信託銀行が「DPRIME(ディープライム)」プロジェクトを進めているなどFintech業界も力を入れており、今後の発展が待たれる。
3つ目は自社コンテンツの拡張だ。コンテンツを貯めていくことで、サードパーティーデータに頼らずにファンの心を掴むことができる。これはネットフリックスが良い例だろう。

ネットフリックスに見られる「コンテンツ接触情報」の価値
サービス開始当初のネットフリックスの動画はライセンスドコンテンツがメインだった。その後コンテンツ閲覧情報を活用し、ユーザーの興味を惹くコンテンツを把握。そして大ヒットするオリジナルコンテンツを生み出した。
コンテンツのPV数や平均滞在時間は個人データではない。また、次に何を見たのかといったコンテンツの閲覧情報はファーストパーティーデータであり、ユーザーの許諾の上で取得できる。コンテンツを軸として自社のマーケティングを最適化する方法は、個人データ保護が進んだ未来でも大きな可能性を秘めているのだ。
まとめ
最後にこれからのデジタルコミュニケーションのあり方をまとめたい。2020年、またそれ以降も、鍵となるのは「コンテンツマーケティング」だ。
個人データ保護の未来では、透明性のデザイン、データプラットフォームの活用、コンテンツドリブンの大きく3つの方向性が考えられた。1つ目はデータを軸に新サービスを生み出すようなピポット戦略で、やや難度が高いかもしれない。一方2つ目は新しい広告のプラットフォームになり得るが、事業会社にとっては第三者との提携が必要になる。
こうした中で3つ目のコンテンツドリブンは、いままさに各企業が取り組んでいるプロジェクトの延長にある。海外を見てもコンテンツへの投資は右肩上がりで伸びており、コンテンツによるブランドの構築は今後、企業の基本戦略となるだろう。
今回提示した3つの方向性をそれぞれ模索しつつ、近い将来やってくるデータ保護時代に備えていただければと思う。
文:弥富 文次
制作[TOP]:Patra Kongsirimongkolchai(EyeEm/amanaimages)
【参考にしたサイト】
・リード
公取委、IT巨人の個人データ利用を規制 指針案
ネット閲覧情報の第三者提供 利用者の同意義務化
顧客50万人の情報流出でブリティッシュ・エアウェイズに250億円の罰金
大手航空会社が「GDPR」違反で約240億円の罰金 制裁は正当か
・GDPR
EU一般データ保護規則(GDPR)の概要(前編)
今さら人に聞けない”GDPR”とは|日本への影響と対応も合わせて解説
・ITP
Cookieに関する大きな動きとApple SafariにおけるITPについて
safariのITP2.1とは?広告やアクセス解析への影響と対策について解説
いったい何が進化した? ITP2.0
・3つの方向性
DPRIME
*本稿は、アマナが提供する成果予測AIを搭載したコンテンツ・オプティマイゼーション・プラットフォームOPTMS CONTENTにて、コンテンツに関する調査研究を行う「OPTMS lab.」よりリライト・転載したものです。